【考察】男性から女性に対してAEDの使用が躊躇われる件について
何がきっかけかは不明ですが、
先日からTwitter等で、男性による女性に対してのAED使用が躊躇われる
というニュースについて盛り上がりを見せています。
※↑こちらの記事は2019年5月31日取材と記載があります。
- 概要
- 女性の8割はAEDを使うために異性に衣服を脱がされることに抵抗を感じる?
- 賛成派の意見
- 反対派の意見(+賛成派の意見への反論)
- 道端に倒れている人を見ないふりをしたら罪に問われるのか?
- 今回の問題点
- 個人的な意見・まとめ
- 残念なお知らせ
概要
とあるスポーツ大会で女性が倒れた。
付近にいた人がすぐに心臓マッサージを開始、
救護車に乗って駆け付けた大会関係者が大会本部に119番を依頼・
救護車からAEDを降ろしたが、AEDが実際に使用されることはなかった。
その後、駆け付けた救急隊がAEDが必要と判断し、すぐに電気ショックを開始。
結果、女性は脳に酸素が不足する状態が長く続いたことから、
重い意識障害が残り、今でも寝たきりの生活をしている。
AEDを使用しなかった理由について女性の夫が尋ねたところ、大会関係者は
「倒れていたのが女性で、駆けつけたのが男性だったから使われなかった」
と説明した。
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この件について、かなりの賛否両論が飛び交っています。
女性の8割はAEDを使うために異性に衣服を脱がされることに抵抗を感じる?
先ほどのニュースと一緒に用いられた、ある画像があります。
引用:いつ、誰にでも起こりうる心肺停止の怖さ。あなたができる救助の心構え(2018.9.15/株式会社フィリップス・ジャパン)
この読者アンケートによれば、
「至急の救命行為が必要になり、AEDを使うために異性に衣服を脱がされる」ことについて
女性のうち、16%の女性が「不快感を感じる」と回答し、
70%の女性が「不快感までは感じないが、抵抗がある」と回答
という驚愕の結果となりました。
また、今回のアンケート対象者がメールマガジンの読者という
非常に限られた対象であり、健康や医療について比較的関心の高いと思われる人への
アンケートでこの結果が出たということは1つ注目すべきなのかもしれません。
一般女性に同様の質問をした場合は、どのような結果になるのか興味深いです。
その一方で、アンケートの文言として「不快感を感じますか?」という質問文は
「不快感を感じる」回答に誘導しやすいため、正確な調査結果を得るためには、
やや不適切な質問文であるということには言及しておきたいです。
(この場合では、「AEDを使うために異性に衣服を脱がされることについてどう思いますか?」という質問形式の方が適切)
また、このアンケートには続きがあります。
「家族などの親しい人以外において、意識がない傷病者の上半身の衣服を脱がせることに抵抗はありますか?」というアンケートにおいて
女性の25%が「傷病者が異性の場合、抵抗がある」、45%が「(同性でも)抵抗がある」と回答。
男性の61%が「傷病者が異性の場合、抵抗がある」、14%が「(同性でも)抵抗がある」と回答。
AED使用のため傷病者の衣服を脱がせることに抵抗があると感じる人は
女性が70%、男性が75%とそう違いはありません。
しかし、傷病者が異性だった場合には
女性が25%、男性が61%と2倍以上もの差があることは無視できないでしょう。
こちらに関しても、
男性は「(ケースは限られますが)公の場で上裸となる機会がある」ためとも言えると思います。
女性が上裸になるケースというのは公の場ではほぼなく、
あったとしても下着や水着着用の上だと思います。
そのため、公の場で女性の上半身を露出させることについては、
同性である女性でも半数近くの人が抵抗があると感じているのも無理はない
といった見方もできるのではないでしょうか。
また、冒頭のNHKの記事によると、
京都大学等の研究チームがまとめた調査結果では、
全国の学校の構内で心停止となった子ども232人について、救急隊が到着する前にAEDのパッドが装着されたかどうかを調べたのです。
学校にはAEDの設置が進んでいて、もしもの時にはすぐに使える状態の場合がほとんどです。しかし小学生と中学生では男女に有意な差はありませんでしたが、高校生になると大きな男女差が出ていました。
男子生徒は83.2%なのに対し、女子生徒は55.6%と、その差は30ポイント近くありました。
といった結果が出ており、
子どもから大人の女性と認識されると共にAED使用に抵抗感が出てくるのでは?
と思われます。
賛成派の意見
・痴漢などで訴訟されるリスクがありそう
・訴訟リスク以外にも配慮が足りていなかったとして責められそう
・痴漢冤罪のように、疑われただけで当人の社会生活を崩壊させかねない
・裁判にならずとも、実際に訴えを起こされたという事実によって勤務先での待遇が変化する等の社会的な影響を受けるリスクがある
・第三者が撮影をして、意図しない内容でSNS等で拡散される恐れがあるのでは?
・ハラスメントを控えろと叫び続けた結果の一つの表れ(接触を控える)なので受け入れるべき
・女性は女性が、男性は男性が助ければいい。例えその場に同性の救護者がいなかったとしてもそれは社会が望んだ結果なので致し方ない
反対派の意見(+賛成派の意見への反論)
・救護が必要な者には性別関係なく救護されるべきだ
・実際に訴訟された等のデマが蔓延していて、それを基に主張するのは如何なものか
・AEDを使用され不満を持った女性が救護者男性を訴えた事象は確認されていない
・法的にもそういった場合には罪に問われないと明文化されている
・その状況で躊躇する人は、倒れた人が同性であっても救護しない筈だ
・何事にもリスクはつきものだ。交通事故で今日死ぬかもしれない。それでもリスクがあるからと言って出歩かないのか?
・適切な配慮をすれば問題ないはずだ
道端に倒れている人を見ないふりをしたら罪に問われるのか?
そもそも、「道端に倒れている人を見かけたのにも関わらず、
見ないふりをして通り過ぎたとき」に何らかの罪に問われるのでしょうか?
刑法218条に以下のような条文があります。
老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったときは、3月以上5年以下の懲役に処する。
では、「保護する責任のある者」とはどういった人のことなのでしょう?
特定の人について保護する責任のある者。親権者・扶養義務者のほか、交通事故の加害者、被保護者と契約している保育士、雇用主など。
[補説]無関係の第三者であっても、被保護者への保護を開始した者は保護責任者とみなされる。例えば、事故・災害などのけが人を引き取って搬送中の善意の一般人など。
引用:保護責任者(ほごせきにんしゃ)の意味 - goo国語辞書
原則としては、
見かけただけで救護しなかったからといって罪に問われることはないようです。
しかし、一度声をかける等の保護を開始した場合は、
第三者ではなく保護責任者とみなされるようです。
今回の問題点
ひとことで言ってしまえば、
「リターンが無く、かつ必ずしも参加する必要のないロシアンルーレット」
を誰がやるか?
という話です。
もちろん、実際に今まではそういった話は聞いたことがありません。
ロシアンルーレットの弾数は10000000発かもしれませんし、それ以上かもしれません。
弾が入っているかは誰にも確認できません。
入っていないかもしれませんが、入っているかもしれません。
今までにこの引き金を引いて死んだ人はいないから大丈夫だよと言われて
良かった!これで安心して引き金を引けると言う人はいるでしょうか?
家族や親しい友人、恋人、妻(夫)であればそのような心配なく救助できると思いますが、
何の利益もないのにリスクとなる可能性のあることに敢えて手を出す人は珍しいのではないでしょうか。
あとは私は男性なので、一男性目線で反対派の意見に私見で少々反論してみます。
・救護が必要な者には性別関係なく救護されるべきだ
→それは当然そうなのですが、そのためには救護者が安心して救護活動を行える土壌も必要ですよね?
・実際に訴訟された等のデマが蔓延していて、それを基に主張するのは如何なものか
→デマを主張されている方に対しては当然NOを突き付けるべきと思います。
が、見ている限りではデマを基に主張するというよりは、
リスク可能性について述べている方が多いように思いました。
・AEDを使用され不満を持った女性が救護者男性を訴えた事象は確認されていない
→調べた限りではそういった話は2020年10月現在では全くありませんでした。
しかし、「今まで一度も起きたことが無い」ことは、
「今後も一度も起きない」という保証にはならないのです。
・法的にもそういった場合には罪に問われないと明文化されている
→はい。「裁判となり、有罪判決を受ける」リスクという意味で
解釈するのであれば、確かに無いと思います。
刑法37条 1項「緊急避難」
自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
法的には確かにその通りなのですが、
社会的なリスクや私刑を恐れる声は無視できないと思います。
ちなみに厚生労働省からも、AED使用者の安心の確保による積極的対応
という観点から、人命救助のためのAED使用については刑事・民事ともに
「原則として免責されるべき」という方針が示されているようです。
www.mhlw.go.jp
・その状況で躊躇する人は、倒れた人が同性であっても救護しない筈だ
→それは当人にしか分かり得ません。
が、数値としてAEDを必要としている傷病者が男性と女性との場合で
実際に使われた割合に差があるということは無視できません。
・何事にもリスクはつきものだ。交通事故で今日死ぬかもしれない。
それでもリスクがあるからと言って出歩かないのか?
→生きることにはリスクもありますが、リターンもあります。
もしも、ちょっとでもリスクのある人生は嫌だという人がいたのなら、
その方は、自我が目覚めたと同時に自殺をするのでしょう。
今回は救助活動を行うことによって得られるリターンも無い、
救助活動を行わなかったからといって何か不利益があるわけでもないのに
敢えてリスクを背負うか?という問題なので少々暴論かと思います。
・適切な配慮をすれば問題ないはずだ
→確かに適切な配慮を行えば、女性が感じるかもしれない不快感・抵抗感は減らせると思います。
適切な配慮としては
・近くに女性がいれば女性に声をかけて救助活動を手伝ってもらう
・人垣を作ってむやみに観衆の目に晒さないようにする
・(店舗内等であれば)プライバシーに配慮した救護活動用の衝立(があるそうです)を用いる
・(昔は衣服を脱がせる必要があると言われてきたが)現在は、
素肌にパッドを装着できれば下着をずらすだけでよい
・パッドを装着した後で衣服をかける
等の配慮があるようです。
しかし、非常にイレギュラーな状況で、
そこまでの配慮ができる人が男女問わずどのくらいいるでしょうか?
定期的に講習を受ける等、関心の高い人くらいではないでしょうか?
また、こういった配慮方法があるにも関わらず、
出来ていなかった場合に救護者が責められる可能性は容易に想像できます。
個人的な意見・まとめ
今回のケースだけで言えば、
・大会関係者に女性はいなかったのか?されていなかった場合、
そういったリスクの可能性についての議論はされていたのか?
・AED講習を受けるなどの事前準備は万端であったか?
(東京マラソンでは過去12回の大会で11人の心停止者を確認しているが、全員が無事に救命されているそうです ※参考URL参照)
参考:「提言「スポーツ現場における心臓突然死をゼロに」
日本循環器学会 日本 AED 財団
https://www.j-circ.or.jp/old/topics/files/aed_tegen.pdf
心停止者を見つけたとき、AEDが届くまで、
届いてからすべきことも載っていてとても参考になりました。
私個人としては、老若男女・国籍・社会的身分等関係なく、
救護が必要な者に対しては必要な手当てが施されるべきだと思います。
が、同時に男性側が抱えるリスクも理解できます。
よく痴漢問題で同時に挙がる痴漢冤罪被害の話はもちろん、
(痴漢問題もよく議論が巻き起こる話題なので次に見かけたら記事にしようと思います)
・公園のベンチに座っていただけなのに普段見かけない・スマホを触っているからと盗撮犯と間違われて通報された
・新幹線で父と娘で乗車していたら誘拐犯と間違われて通報された
結構酷いなぁと思う話ばかりです。
これが女性だったら?きっと通報はされていないのではないでしょうか?
こういった話をチラホラ見聞きしていると男性側は当然委縮します。
間違いのないように、リスクのないようにと行動するのは何ら不思議はありません。
満員電車で両手を上げて乗車しているおじさんをよく見かけますが、
それもその回避行動の一つですよね。
同時に女性や子ども、弱者に対して犯罪を犯す人がいるのもまた事実です。
検挙人員も割合も未だに男性の方が多いのも事実です。
通報した人の気持ちが1ミリも分からない、というわけではないですよね。
しかし、実際の数値を見てみると検挙人員割合の20%程度は女性であり、
これは、「女性は犯罪を犯す人は少ない」と言える数値なのでしょうか?
ここ20年近くはほぼ横ばい状態ではあるものの、
昭和から女性比率を見ていくと、むしろ上昇傾向にあるのがわかります。
他者との深い繋がりというのは、今後もどんどん減少していくと私は思っています。
親戚付き合い、ご近所付き合い、地域の付き合い等、面倒くささを伴う付き合いは今やメリットなしでは存続できないのでは?とも思ってしまいます。
(一方でSNSによってある程度の(面倒くさくない)繋がりというのは増えていますね)
この流れは最早止められるものではないと思います。
そんな社会において、人の善意による思いやりに期待しすぎることはあまりにも楽観的だと言わざるを得ません。
私はそういった善意や思いやりを期待するアプローチではなく、
(現在の技術で出来るかはさておき)服の上からも使用できるAEDのような仕組みなど、
技術面からのアプローチが今後の日本的社会には良いのかなと思います。
リスクがあるから女性にAEDを使わない!と個人的に宣言するのは良いですが、
そうでない男性を非難したり、同調するよう圧力をかけたりするのは違うなと思います。
そしてそれが当たり前の社会にはなって欲しくないなというのが正直なところです。
また、この件については海外では同様の議論が巻き起こっていないのか?
日本独特の問題なのか?気になります。機会があれば調べてみようと思います。
残念なお知らせ
男性から女性に対してのAED使用についてここまで長々と書いてきましたが、
ここで非常に残念なお知らせがあります。
残念なデータがあります。
「日本のAEDの設置数」=50万台以上。
これは世界一の普及率と言われています。世界で一番、心臓突然死を救えるはずの国は日本です。ところが
「誰かの目の前で心臓発作で倒れた人に、救急隊の到着前にAEDで電気ショックが与えられた割合」=4.7%。
(H28年総務省消防庁調べ)これが世界一、AEDが普及している国の現実なのです。
世界一のAED普及率である日本において、
救急隊到着前にAEDによって電気ショックが与えられた割合「4.7%」
Twitterで今回の件についての反応を見てみると、
男女関係なく救護が必要な人がいたら自分だったら気にせずAED使う!
という人が多くいました。それは大変喜ばしいことです。
でも、実際にその場面に遭遇したら?
本当に身体は動いてくれるでしょうか??
日本のAED設置数50万台以上というのがどれほど多いのか正直よくわかりません。
もしかしたらまだまだ足りていないのかもしれません。
使いたいと思ったときに目に入る場所にはある位にはまだ普及していないのかもしれません。
今回の件を単に「男性から女性に対してAEDが使われなかった問題」だけではなく、
そもそもAEDが使われていない現状を認識し、私たちに何ができるのか?
そういった建設的な議論ができるようになれたらいいなと思います。